編集後記:振動触感の未来
渡邊淳司(日本電信電話株式会社 コミュニケーション科学基礎研究所 主任研究員(特別研究員)/ 本誌編集長)
「五大に皆響きあり 十界に言語を具す
六塵悉く文字なり 法身は是実相なり」

空海『声字実相義』より

  いきなり、だいぶ昔の話ですが、およそ1200年前、空海は、「世界のあらゆるものには響きがある」と言っています(はじめにある“五大”とは、地・水・火・風・空の森羅万象を意味します)。つまり、世界では、つねに何かがふるえ、共鳴しあっていると。そして、その響きは、それ自体が意味を持ち、人に訴えかけるものであるとも言っています。そう、何かがふるえているということは、それがすでにメッセージを発していて、受け取る力があれば、そこから何かを感じ取ることができるということです。

  たとえば、電磁波(光)をふるえだと考えると、私たちは、そのふるえの違いを感じることができます。そして、それだけではなく、絵などを見たときには、そのふるえから頭の中に色を生み出し、美しさを感じます。また、同じ絵を見たとしても、自分自身で絵を描いたことのある人は、よりたくさんの違いを感じ取ることができるでしょう。

  触感のふるえもまた然り。世界のふるえの違いをその手で感じてみてください。もしかしたら、今まで気がつかなかった発見があるかもしれません。今までとは違ったものの触れ方をするようになるかもしれません。さらに、自分がふるえをつくる側に立ったとしたら、それは、また異なった響きを感じることになるでしょう。

  ふるえをつくる側、つまり、触感で何かを伝える側に立つことは、やはり、それは思ったより難しい。たとえば、参加作家でもあり、フェイシャルマッサージ“ファセテラピー”を考案された鈴木理絵子さんは、マッサージにおいて「柔らかさ」を表現することと、柔らかく触れることは異なるという指摘をされています。つまり、触感で何かを伝えたいと願っても、どうやって伝えるのかその方法論がわかってないと伝わらないということです。これは、世の中のコミュニケーションすべてにいえることですが、思っただけでは伝わらない、伝え方を知らなければ伝わらない。さらに、伝え方を知っていても、それができなければ伝わらない。つまり、これからは、あたかも新しい言葉を覚えるように、どのような触感でどのようなことが伝えられるのか、触感の表現形式や触感の言語を学び、編み出していくことが重要となるでしょう。

  近年、情報技術の発展によって、触覚提示デバイスが比較的簡単に手に入るようになりました。しかし、それを使って、何をどのように伝えるのか、専門家だけでなく私たち自身がそれを考え、実践していく必要があります。いま、私たちは、触感をどう感じるか、そして、どう感じることができるのか。さらには、触感で何をどのように伝えるのか。それが問われています。本誌「ふるえ」を手に取っていただいたことが、その入り口となれば幸いです。